北川グループの研究内容
超低温液体クロマトグラフィーに関する研究
i. 液体クロマトグラフィーと温度
液体クロマトグラフィー(HPLC)は、生体分析、環境分析、材料分析など幅広い分野で用いられている、汎用的な分析手法の一つです。HPLCでは多種多様な性質を有する試料成分の分離に対応するため、様々な分離モードが開発されていますが、そのほとんどは室温付近で分離が行われます。一方、HPLCにおいては温度は分離を支配する重要な因子であることから、常温以外でのHPLC分離についても研究がなされています。高温域については、100℃から200℃においての分離が報告されています。HPLCでは高温になるほど物質移動速度が大きくなるため、常温よりも高い分離性能が得られることが確認され、また、高温水を用いた(有機溶媒を用いない)環境にやさしいHPLCも報告されています。一方、低温域におけるHPLCも研究がなされています。0~-65℃程度の低温域における、熱的に不安定な化合物の分離・エナンチオマー分離の向上・氷を固定相とする特殊なHPLCなどが報告されています。
ii. 超低温下での液体クロマトグラフィー
低温下でのHPLCを行うことで不安定化合物の分離・分離性能の向上・低温下での特殊な相互作用の利用(および評価)を行うことが可能となっています。さらに低い温度域でのHPLC分離を可能とすることで、さらなる不安定化合物の分離(例えば反応中間体の網羅的分析)、さらなる分離性能の向上(異性体や同位体の分離)、超低温下での特殊な相互作用の評価を実現できるのではないかと、我々は考えました。しかしながら、超低温下(例えば液体窒素温度である-196℃)でのHPLC分離を行う場合、通常のHPLCの移動相として用いられている、水・メタノール・アセトニトリル・テトラヒドロフランなどは固化するため利用することができません。では、どのような物質であれば超低温下でのHPLC用移動相として用いることができるのでしょうか?我々は、液化ガスに注目しました。適切な液化ガスは低温下で液体であるだけではなく、拡散係数が大きく、また、粘性も低いという、HPLC用移動相としては理想的な性質を有しています。そこで我々は液化ガスを移動相として用いる、低温および超低温液体クロマトグラフィーの開発を行うこととしました。
iii. 液化二酸化炭素を移動相とする低温液体クロマトグラフィーの開発 [1,2]
二酸化炭素は比較的簡単な条件で液化する物質であり、また、その超臨界流体は超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)の移動相としても用いられています。我々は液化二酸化炭素を移動相として用いる低温液体クロマトグラフィー(0~-35℃)の開発を行いました。開発した装置を用い、液化二酸化炭素を移動相として、また、オクタデシルシラン(ODS)修飾シリカゲル・未修飾シリカゲルを固定相として用いて低分子化合物の分離を行ったところ、それぞれ逆相分離・順送分離となることを確認しました。また、温度の保持の関係について検討を行ったところ、双方とも-15℃付近で保持挙動が変化していることが確認されました。これはこの付近で何らかの相転移が生じていることを意味していると考えています。さらに、カラム(充填剤)構造・流速・圧力を最適化することで、物質移動的に不利である低温下(-30℃)であるにもかかわらず、理論段数で8万段/mを超える高い分離性能を達成することに成功しました。また、液化二酸化炭素を移動相として用いる低温液体クロマトグラフィーにおいては、カラム内で二酸化炭素の凝固が生じていることが確認され、少なくともその一部は動的に凝固・液化を繰り返していることが明らかになりました。この現象はHPLC分離に追いては不利であると考えられるため、現在は凝固が起きない条件での分離について検討を進めています。
iv. 液化窒素を移動相とする超低温液体クロマトグラフィーの開発 [3,4]
上記iiiでは、-35℃程度の低温域での液体クロマトグラフィーについての研究を行いましたが、我々はさらなる低温域での液体クロマトグラフィー分離として、液体窒素温度(-196℃)での超低温液体クロマトグラフィーの開発を行うこととしました。液体窒素温度では二酸化炭素は凝固するため移動相として用いることはできません。我々は超低温下での移動相として窒素(液化窒素)を用いることとしました。超低温HPLC-質量分析(MS)を新たに構築し、液化窒素を移動相、未修飾シリカゲルカラムを固定相として用い、-196℃での低級アルカン類の分析を行ったところ、これらの分離に成功しました。すなわち、世界で最も低い温度における液体クロマトグラフィーを行うことに成功しました。移動相にヘリウムを用いた超低温ガスクロマトグラフィーでは、低級アルカン類はカラムに不可逆的に吸着するため分離を行うことができませんでした。つまり、超低温HPLCは超低温下の分離を行うための重要な手法となりうることが明らかになりました。
一般的に液体クロマトグラフィーでは分離(試料成分のカラムへの保持)をコントロールするために、移動相の組成を調整します。超低温液体クロマトグラフィーにおいても同様の手法が利用可能であるかを確認したところ、液化窒素に対してメタン・エタン・エチレンなどを添加することで試料成分の保持を低減(コントロール)することが可能であることを見出しました。また、添加成分の濃度と保持の関係を記述する式を提案し、実験結果をその式を用いて説明することが可能であることを確認しています。
これまでの研究で、超低温液体クロマトグラフィーにおいても通常のHPLCと同様に、固定相と移動相を適切に選択することで、試料成分の分離が可能になることを確認することができています。現在は分析可能な成分の拡大を目指し、液化メタンを移動相とする超低温液体クロマトグラフィーの開発や超低温下での抽出技術に関する研究を進めています。
参考文献
[1] Motono, T.; Nagai, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. J. Sep. Sci., 2015, 38, 2381-2386.
[2] Otsubo, M.; Motono, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. Chromatography, 2017, 38, 31-37.
[3] Motono, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. Anal. Chem., 2016, 88, 6852-6858.
[4] Motono, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. J. Chromatogr. A, 2017, 1503, 32-37.
謝辞
この研究の一部はJSPS科研費 23655065、18K19097、JSTマッチングプランナープログラム、および、島津科学技術振興財団の助成を受けて行われています。
1. 液体クロマトグラフィーに関する研究
1.1 有機モノリスカラムに関する研究
1.2 モノリス以外のカラム・固定相に関する研究
1.3 超低温液体クロマトグラフィーに関する研究
2. 電気泳動に関する研究
3. 質量分析に関する研究
3.1 並列同時試料導入型質量分析法の開発(nLC-1MSの開発)
3.2 イオンモビリティー質量分析法による合成高分子の分析
3.3 合成高分子の質量イメージング(大谷先生との共同研究)
4. クロマトグラフィーと電気泳動を組み合わせた分析法に関する研究
4.1 キャピラリー電気クロマトグラフィー(Capillary Electrochromatography: CEC)に関する研究
4.2 平板型モノリスを用いる二次元直行型同時分離手法に関する研究