北川グループの研究内容
並列同時試料導入型質量分析法の開発(nLC-1MSの開発)
i. HPLC-MS分析を効率よく行うことが求められています
近年、高速液体クロマトグラフ-質量分析計(High performance liquid chromatograph-mass spectrometer : HPLC-MS(/MS))は環境分析、食品分析、創薬といった様々な分野において、広く使用されています。HPLC-MS(/MS)で必要な分析時間は数十分から数時間にわたることもあり、効率よく多数の検体を分析することが求められています。HPLC-MS(/MS)の分析時間はHPLC分離に支配されているので、LC分離過程の「高速化」が測定時間を短縮する第一の解決策としてあげられます。例えば、微粒子充填剤カラムを使用し、耐圧性の高いLCシステムを利用した超高速LC(Ultra high performance liquid chromatography : UHPLC)とMS(/MS)を組み合わせた装置が開発され、複数のメーカーから市販されています。また、コアシェル充填剤カラムや当研究室でも開発してるモノリスカラムを使用した高流速のHPLCを利用することも考えられます。また、HPLCではありませんが、超臨界流体クロマトグラフィー(Supercritical fluid chromatography : SFC)を用いた高速分離とMS(/MS)を組み合わせることもも行われています。ii. マルチプレックスHPLC-MS(/MS)による並列分析
LC分離の高速化とは別に、多数の試料を扱う場合はLC分離過程を「並列化」することも測定時間の短縮方法として有効です。これを実現した、複数のLCを単一のMSに接続した装置はマルチプレックスLC-MSと呼ばれます。一般的なマルチプレックスLC-MSは、各LCで多数の試料を同時に分離し、スイッチングバルブを用いてMSに接続するカラムを交代させ、1つずつ溶出される試料をMSに導入しています。つまり、複数のHPLCは同時に1つのMSに接続されることはなく、1台のHPLCのみが接続されているため、MSに接続されていないHPLCから溶出された試料成分は廃棄されてしまいます。このスイッチングバルブを用いたマルチプレックスLC-MSはハートカット分析(検出したい目的成分が決まっており、夾雑物から目的成分を分離し夾雑物は廃棄するといった目的)には適しているため、実際にハートカットタイプのマルチプレックスLC-MS装置は市販されています。一方で、マルチプレックスLC-MSを用いて複数検体中の全ての成分をを網羅的に分析しようとする場合、全てのLCから溶出される試料を連続的にMSへ導入する必要があります。これを実現するためには、スイッチングバルブを高速回転させ、各LC由来の試料を極短い時間で交代させながらMSに導入することになります。この場合、n個のHPLCを接続し、n個の検体の同時分析を行うと、測定時間の合計は1/nに短縮させることができます。しかし困ったことにMSに接続されていないときの試料は廃棄されるため、試料の(n-1)/nは廃棄されてしまいます。さらに、適切なクロマトグラムを得るためには、MS検出において適切なサンプリングレートが必要ですが、n個のHPLCを並列化した場合、サンプリングレートは1/nに減少するといった問題も生じます。従って、カラムスイッチングを用いて、複数試料を対象とした同時かつ連続導入の分析を行うことは難しく、特に並列分離を行うHPLCの数を増加する、問題点が顕著になるということが判ります。
iii. 新たな周波数分割多重化法を応用した新たなマルチプレックスHPLC-MSの開発
この問題を解決するために、当研究室では「スイッチングバルブを用いないマルチプレックスHPLC-MSの開発」を行っています。しかし、単純に一台のMSに複数のHPLCからの溶出液を並列的に導入すると、MSでは各LC由来の試料が同時に検出されるため、"混ざった"クロマトグラムが観測されてしまいます。もちろんこの"混ざった"クロマトグラムから、それぞれのクロマトグラムを取り出すことは不可能です。しかし、この課題が解決することができれば網羅的分析が可能な全く新しいマルチプレックスLC-MSが開発できることになります。そこで本研究室では、混在したクロマトグラムから各クロマトグラムを抽出するために、通信工学技術である周波数分割多重化法(Frequency division multiplexing : FDM)に着目しました。FDMは一つの回線で複数の信号を送受信する通信技術であり、アナログ伝送に関してはFDMを利用して、複数のチャンネル(放送局)からの電波がおくられていました。FMDでは、任意の周波数の搬送波に、信号情報を加えて送信します。受信側は、搬送波の周波数を利用して加えられた信号情報を取り出します。
当研究室では、このFDMをマルチプレックスHPLC-MSに応用し、各クロマトグラムに異なる周波数情報を与えることで、MSで観測される"混ざった"混在した信号から任意のクロマトグラムを取り出すことに成功しました。現在までに2HPLC-1MS(2台のHPLCを一台のMSに接続)の開発に成功していますし、最大6系統の並列同時試料導入型質量分析が可能な技術を構築しています。
現在、並列分析数(多重度)の増大や定量精度の向上などについての研究を進めており、プロテオミクスなどのHPLC分離を短縮することが困難であり、また、多数の検体の分析が不可欠である研究をサポートするための技術の開発を目指しています。
参考文献
[1] Kishi, H.; Kumasaki, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H., Analyst, 2019, 114, 2922-2928.
[2] 北川慎也; 岸 博香; 髙島広太郎; 大谷 肇, J. Mass Spectrum. Soc. Jpn., 2020, 67, 13-18.
謝辞
この研究はJSPS科研費 20H02763, 17H03077, A-STEPフィージビリティスタディステージ 探索タイプの助成を受けて行われています。
1. 液体クロマトグラフィーに関する研究
1.1 有機モノリスカラムに関する研究
1.2 モノリス以外のカラム・固定相に関する研究
1.3 超低温液体クロマトグラフィーに関する研究
2. 電気泳動に関する研究
3. 質量分析に関する研究
3.1 並列同時試料導入型質量分析法の開発(nLC-1MSの開発)
3.2 イオンモビリティー質量分析法による合成高分子の分析
3.3 合成高分子の質量イメージング(大谷先生との共同研究)
4. クロマトグラフィーと電気泳動を組み合わせた分析法に関する研究
4.1 キャピラリー電気クロマトグラフィー(Capillary Electrochromatography: CEC)に関する研究
4.2 平板型モノリスを用いる二次元直行型同時分離手法に関する研究