大谷グループの研究内容

 様々な有機高分子材料や天然有機物の、機能や物性、あるいは生理活性などと密接に関連した、それらの微細化学構造や微量成分組成などを明らかにする、新しい解析・計測手法の開発を大きなテーマとして研究を進めています。特に、関連する諸分野で実際に求められている課題の解決を実現する、実用性の高い、広く利用していただける解析手法を構築することを常に目指しています。また、こうして確立した方法を用いて、さらに新たな課題に取り組み解決していくことを通じて、自然界の営みの解明新しい高性能・高機能材料の創出などに貢献していきたいと考えています。



最近の主な研究内容

1. 不溶性架橋高分子のネットワーク構造解析

 近年、溶剤を使用しないで成形・成膜ができる特徴から、紫外線(UV)あるいは電子線(EB)硬化樹脂・塗料があらためて脚光を集めています。しかし、こうした硬化型の高分子に代表される、三次元ネットワーク構造を形成して不溶不融化した架橋高分子の化学構造解析に適用できる分析手法は極めて限定されており、高分子の構造キャラクタリゼーションの分野に残された最大の課題の一つとなっています。 そこで我々は、こうした架橋高分子の特異な化学分解を誘起して、ネットワーク構造の鍵を握る架橋点の構造情報を保持したまま、解析が可能な大きさまで選択的かつ効率的に試料をフラグメント化し、それらを詳細に解析して元のネットワーク構造を明らかにする一連の研究を進めています。

2. 高分子材料の難燃化・安定化メカニズムの解明

 実用的な高分子材料中には、過酷な条件での長期使用を可能にする安定剤や、それらの燃焼を抑制する難燃剤などの様々な添加剤が加えられています。しかし、材料の安定化・難燃化を発現する場合に、それらの添加剤が素材高分子とどのように化学反応し、それぞれがどのような構造変化をするのかについては、まだまだ未解明な点が多いのが実状です。そこで我々は、前項で述べた試料の化学分解あるいは熱分解を利用する分析法や、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)、さらには超伝導NMRや各種クロマトグラフ分離法などを相補的に用いて、実用材料中に含まれる微量添加剤の高感度分析や、安定性・難燃性の発現と関連した当該成分あるいは素材高分子の化学構造変化の解析を行っています。これらの一連の研究成果から、高分子材料の劣化および安定化・難燃化のメカニズムを解明し、より優れた高機能・高性能材料の開発・設計や、さらには高分子材料の適正なリサイクリングプロセスの構築に結びつけることを目指しています。

3. ポリマー材料廃棄物の実用的なリサイクリングプロセスの構築に向けた基礎研究

 廃棄されたポリマー材料を、ポリマーの分子形態を保ったまま、高分子素材として再利用するマテリアルリサイクリングは、処理工程におけるエネルギー消費が比較的小さく、環境保全の概念によく合致しています。しかし、処理の工程で、成形性や機械的強度などの材料物性の低下がしばしば起こるため、実用的なプロセスの構築は実際にはあまり進んでいません。こうした物性低下は、ポリマー分子鎖の酸化や切断に加えて、ミクロゲルなどの微細な架橋構造形成がかなり関与していることが、素材の流動性変化などから間接的には示唆されてきました。しかし、こうした微量架橋構造の解析は非常に困難であるため、詳細な解析はこれまでほとんど手付かずでした。そこでわれわれは、上述したポリマーの架橋構造を解析するための手法を活用して、各種ポリマー材料のリサイクリング工程で形成される架橋構造の詳細を初めて明らかにする、一連の研究を進めています。

 一方、一般家庭などから排出される多くのポリマー廃棄物は、様々な素材が混在している上、汚染や変性などの影響を受けていることが少なくありません。そのため、それらの再生利用に当たっては、ポリマー廃棄物を熱あるいは化学的に分解して、原料モノマーなどの有用な低分子量有機化合物に変換するケミカルリサイクリングが、最も現実的な選択肢となります。これに対して、われわれは分析化学的な観点から、各種ポリマー材料の熱及び化学分解に関する研究を長年にわたり行ってきました。そこで、こうして得てきた貴重な蓄積を活用して、実用的なリサイクリングプロセスの構築を目指した、新たな検討にも着手しています。

4. 生分解性高分子の生分解メカニズムの解

 近年、地球環境保全の観点から、様々な生分解性高分子材料の開発が試みられ、その有効利用が強く望まれています。しかし、こうした生分解性高分子材料の生分解過程における試料の化学構造変化を直接解析した試みはほとんど報告されておらず、生分解の機構については未だ不明な点が数多く残されています。そこでわれわれは、生分解性高分子の生分解過程における化学構造変化を詳細に解明することを目的として、熱分解分析法やMALDI-MSなどの最先端の分析・計測機器を多角的に用いて、実際に生分解試験に供した各種の生分解性高分子材料について、局所微細構造変化の解析を行っています。これらを通じて、実用性に優れた新たな生分解性高分子材料の設計・開発に資するとともに、廃棄物の顕在化を抑制し自然環境の保全にも貢献できるものと考えています。

5. 天然有機物を素材とする「伝統材料」の機能解明、ならびに文化財保存および考古学的探求などへの展開

 古来より人類は、様々な天然素材を道具や材料として活用してきました。たとえば日本でも、生物起源の天然有機物として、漆、麻、あるいは木材などを利用して衣類や漆器などが作られてきました。こうしたいわゆる「伝統材料」は、長い年月をかけて経験的に少しずつ改良が加えられて結果、近代的な諸材料にはない特異な特性をしばしば有しています。そこで、その特性発現の根幹を明らかにすれば、より優れた新奇材料の設計・構築のための貴重なヒントが得られるかもしれません。
 和紙もこうした代表的な伝統素材であり、これを生かした材料の一つに「油団」(「ゆとん」と読みます)があります。これは、和紙を張り合わせた、「和風カーペット」とでもいうべきもので、特に日本の夏の気候に適合しています。一般に、油団の表面にはエゴマなどの植物油が塗布され、それが経時的に変化して、油団独特の表面特性や長期耐久性が発現していると考えられますが、詳細は不明確でした。そこでわれわれは、熱分解分析の手法などを応用して、油団に塗布されたエゴマ油を分子レベルで詳しく解析した結果、その経年的な化学変化を具体的に示すことに成功しました。

 また、紙はもちろん書物として最もよく使われてきましたが、19~20世紀の近代になって印刷用に作成された紙は、微量に加えられている酸性添加物(硫酸アルミニウム)の影響で、僅か数十年のうちに著しく劣化・崩壊し、貴重な資料が閲覧不能になる現象が顕在化してきました(いわゆる酸性紙問題)。こうした書籍を適切に修復するためには、その劣化度合いを正しく判定することが不可欠ですが、そのために貴重な資料を破壊してしまっては元も子もありません。これに対して我々は、ごく微量の試料で測定可能な熱分解分析法の特徴を生かし、図書資料を大きく損なうことなくその劣化度を判定する、画期的な方法を開発・提案しました。この方法は、保存科学の分野でも大きな注目を集めています。

 上記の酸性添加物は、インキのにじみ止めとして使われるロジン(松脂)を紙に定着させるためのものですが、ロジンに代表される樹木からの分泌物(すなわち樹脂)も、歴史的に様々な目的で利用されてきました。たとえば、主に中近東地域で産生しているニュウコウボクから採取される天然樹脂は乳香と呼ばれ、紀元前の古代エジプト時代から薫香として宗教儀礼などに使用され、交易品としても重要な地位を占めていました。したがって、古代遺跡からも当時の乳香の痕跡が発掘される可能性があります。乳香は、各種テルペン類などの複雑な成分で構成されていますが、その組成は産地や採取方法によりかなり異なっています。つまり、発掘された乳香の組成を詳しく解析することにより、その産地などを特定できれば、考古学的にきわめて重要な情報が得られることになります。ところが、オーソドックスな分析方法では、かなり多量の試料を必要とするため、貴重な出土乳香の解析を行うことはできません。そこでわれわれは、乳香の詳細な成分組成を極微量の試料で高感度に解析して、産地識別等を可能にする新しい分析方法の開発に取り組んでいます。

6. マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法による固体試料や生体試料の直接分析法の開発

 2002年のノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏らが開発したMALDI-MSの手法は、タンパク質などを初めとする高分子量の不安定化学種の質量分析をも可能にする手法として、生化学や高分子化学の分野では不可欠な手法となりつつあります。しかし、各種の生体試料や材料中に存在する微量有機成分をこの方法で解析するには、一般には当該成分を予め分離して測定に供することが必要とされます。そこでわれわれは、成分分離に伴う様々な問題を回避して、様々な固体試料あるいは生体試料中の機能発現や生理活性の鍵を握る微量成分を、MALDI-MSにより直接解析する方法の開発に取り組んでいます。既に、これまでに動物プランクトン1個体中の脂質成分、木質材料中のポリフェノール成分、あるいは樹脂材料中の微量添加剤などをこの方法により直接解析することに成功しています。

7. 広範な学際共同研究への展開

 上記の研究などを通じて培ってきた、熱分解分析法やMALDI-MSを中心とする新しい分析手法を活用して、従来は想定されていなかった様々な学際分野での共同研究を積極的に展開しています。最近では、前述したように文化財の保存修復や考古学の分野とも連携を図りつつあるほか、これまでに、生命の起源の探求や、血中脂肪酸成分の迅速分析を始めとする臨床医学分野での新しい計測法の開発などにも取り組んできました。

8.イオン液体を反応場とする特異な分解反応の誘起とその分析化学・環境科学活用

 イミダゾリウム塩などに代表される有機イオンからなる常温溶融塩は、イオン液体と呼ばれ、その不揮発性、不燃性、高イオン導電性、熱安定性、および化学的安定性などの特徴から、通常の有機溶媒などにはないユニークな特性を有する液体として近年注目されています。イオン液体は,すでに電解質として電池などに応用されているほか,最近では、有機合成の際の反応媒体、蓄熱体あるいは抽出媒体など、様々な角度から利用されています。しかし、これまでイオン液体を有機物試料などの分解反応に応用したという報告は全くなく、また、こうした分解反応において想定される、400℃を超える高温、あるいは数十気圧にもおよぶ高圧におけるイオン液体の挙動についても、ほとんど明らかにされていません。そこで、われわれは、各種有機材料の熱分解あるいは化学分解反応に関する豊富な研究蓄積を背景に、種々のユニークな諸特性を有するイオン液体を、有機物試料の特異な分解反応場として活用することを着想しました。すなわち、イオン液体を分解反応媒体あるいは反応試薬として、様々な天然有機物や高分子材料の特異な化学分解反応を誘起し、生成した分解物を最先端の分析技術により精密に解析することによって、従来は不可能であった、対象試料の様々な特性の解明を可能にする新しい分析システムの開発を目指しています。同時に、環境への負荷が小さいというイオン液体の特性を生かして、廃棄物リサイクリングの観点から、イオン液体中における有機材料の分解反応を利用したプロセスの実用化に向けた基礎検討を行うことも展望しています。

9.先端材料の精密分析を実現する新しい高機能分解分析システムの開発

 熱分解GC/MSに代表される熱分解分析法は、ポリマー材料を取り扱う諸現場で、高感度で実用的な分析法としてかなり広く利用されるようになってきました。しかし、熱分解反応を自在に制御することは本質的に極めて難しいことなど、解決すべき課題はなお多く残されています。そこでわれわれは、これまで培ってきた、熱分解分析技術をベースに、1)分析システム内におけるポリマー試料への光・紫外線照射機能、2)反応ガスのマルチ供給などによる特異な試料分解を誘起する反応場の構築、あるいは3) 解析システムへの目的成分の高効率導入などの諸要素技術を新たに開発し、それらを有機的に融合することにより、革新的な高機能分解分析システムを開発すること目指しています。本システムが確立されれば、最先端材料の精密構造解析、およびそれらの諸性能発現との相関解析に威力を発揮するとともに、それらの劣化解析・評価、ライフサイクルアセスメント、およびリサイクリングなどに関しても重要な指針が得られるものと考えています。さらに、本システムは、高性能ポリマー材料開発に不可欠な安定剤等の添加効果の迅速評価や、光触媒による有機物分解メカニズムの本質の解明など、先端的な高性能・高機能材料の研究開発現場で直面する、諸課題の解決に必要不可欠な解析装置として、広く活用し得るものと期待されます。

大谷グループ
各種クロマトグラフィーや質量分析法を用いた高分子材料・天然有機物の新規解析法の開発・計測手法の開発を行っています。
北川グループ
液体クロマトグラフィーや電気泳動、質量分析に関連する新規技術の開発とその応用を中心に研究を行っています。
飯國グループ
マイクロ流体デバイスと泳動法を用いた微粒子の新規分離法の開発や微小構造体による分析場構築の研究を行っています。
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