大谷グループの研究内容
様々な有機高分子材料や天然有機物の、機能や物性、あるいは生理活性などと密接に関連した、それらの微細化学構造や微量成分組成などを明らかにする、新しい解析・計測手法の開発を大きなテーマとして研究を進めています。特に、関連する諸分野で実際に求められている課題の解決を実現する、実用性の高い、広く利用していただける解析手法を構築することを常に目指しています。また、こうして確立した方法を用いて、さらに新たな課題に取り組み解決していくことを通じて、自然界の営みの解明や新しい高性能・高機能材料の創出などに貢献していきたいと考えています。
一方、一般家庭などから排出される多くのポリマー廃棄物は、様々な素材が混在している上、汚染や変性などの影響を受けていることが少なくありません。そのため、それらの再生利用に当たっては、ポリマー廃棄物を熱あるいは化学的に分解して、原料モノマーなどの有用な低分子量有機化合物に変換するケミカルリサイクリングが、最も現実的な選択肢となります。これに対して、われわれは分析化学的な観点から、各種ポリマー材料の熱及び化学分解に関する研究を長年にわたり行ってきました。そこで、こうして得てきた貴重な蓄積を活用して、実用的なリサイクリングプロセスの構築を目指した、新たな検討にも着手しています。
和紙もこうした代表的な伝統素材であり、これを生かした材料の一つに「油団」(「ゆとん」と読みます)があります。これは、和紙を張り合わせた、「和風カーペット」とでもいうべきもので、特に日本の夏の気候に適合しています。一般に、油団の表面にはエゴマなどの植物油が塗布され、それが経時的に変化して、油団独特の表面特性や長期耐久性が発現していると考えられますが、詳細は不明確でした。そこでわれわれは、熱分解分析の手法などを応用して、油団に塗布されたエゴマ油を分子レベルで詳しく解析した結果、その経年的な化学変化を具体的に示すことに成功しました。
また、紙はもちろん書物として最もよく使われてきましたが、19~20世紀の近代になって印刷用に作成された紙は、微量に加えられている酸性添加物(硫酸アルミニウム)の影響で、僅か数十年のうちに著しく劣化・崩壊し、貴重な資料が閲覧不能になる現象が顕在化してきました(いわゆる酸性紙問題)。こうした書籍を適切に修復するためには、その劣化度合いを正しく判定することが不可欠ですが、そのために貴重な資料を破壊してしまっては元も子もありません。これに対して我々は、ごく微量の試料で測定可能な熱分解分析法の特徴を生かし、図書資料を大きく損なうことなくその劣化度を判定する、画期的な方法を開発・提案しました。この方法は、保存科学の分野でも大きな注目を集めています。
上記の酸性添加物は、インキのにじみ止めとして使われるロジン(松脂)を紙に定着させるためのものですが、ロジンに代表される樹木からの分泌物(すなわち樹脂)も、歴史的に様々な目的で利用されてきました。たとえば、主に中近東地域で産生しているニュウコウボクから採取される天然樹脂は乳香と呼ばれ、紀元前の古代エジプト時代から薫香として宗教儀礼などに使用され、交易品としても重要な地位を占めていました。したがって、古代遺跡からも当時の乳香の痕跡が発掘される可能性があります。乳香は、各種テルペン類などの複雑な成分で構成されていますが、その組成は産地や採取方法によりかなり異なっています。つまり、発掘された乳香の組成を詳しく解析することにより、その産地などを特定できれば、考古学的にきわめて重要な情報が得られることになります。ところが、オーソドックスな分析方法では、かなり多量の試料を必要とするため、貴重な出土乳香の解析を行うことはできません。そこでわれわれは、乳香の詳細な成分組成を極微量の試料で高感度に解析して、産地識別等を可能にする新しい分析方法の開発に取り組んでいます。
最近の主な研究内容
1. 不溶性架橋高分子のネットワーク構造解析
近年、溶剤を使用しないで成形・成膜ができる特徴から、紫外線(UV)あるいは電子線(EB)硬化樹脂・塗料があらためて脚光を集めています。しかし、こうした硬化型の高分子に代表される、三次元ネットワーク構造を形成して不溶不融化した架橋高分子の化学構造解析に適用できる分析手法は極めて限定されており、高分子の構造キャラクタリゼーションの分野に残された最大の課題の一つとなっています。 そこで我々は、こうした架橋高分子の特異な化学分解を誘起して、ネットワーク構造の鍵を握る架橋点の構造情報を保持したまま、解析が可能な大きさまで選択的かつ効率的に試料をフラグメント化し、それらを詳細に解析して元のネットワーク構造を明らかにする一連の研究を進めています。2. 高分子材料の難燃化・安定化メカニズムの解明
実用的な高分子材料中には、過酷な条件での長期使用を可能にする安定剤や、それらの燃焼を抑制する難燃剤などの様々な添加剤が加えられています。しかし、材料の安定化・難燃化を発現する場合に、それらの添加剤が素材高分子とどのように化学反応し、それぞれがどのような構造変化をするのかについては、まだまだ未解明な点が多いのが実状です。そこで我々は、前項で述べた試料の化学分解あるいは熱分解を利用する分析法や、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)、さらには超伝導NMRや各種クロマトグラフ分離法などを相補的に用いて、実用材料中に含まれる微量添加剤の高感度分析や、安定性・難燃性の発現と関連した当該成分あるいは素材高分子の化学構造変化の解析を行っています。これらの一連の研究成果から、高分子材料の劣化および安定化・難燃化のメカニズムを解明し、より優れた高機能・高性能材料の開発・設計や、さらには高分子材料の適正なリサイクリングプロセスの構築に結びつけることを目指しています。3. ポリマー材料廃棄物の実用的なリサイクリングプロセスの構築に向けた基礎研究
廃棄されたポリマー材料を、ポリマーの分子形態を保ったまま、高分子素材として再利用するマテリアルリサイクリングは、処理工程におけるエネルギー消費が比較的小さく、環境保全の概念によく合致しています。しかし、処理の工程で、成形性や機械的強度などの材料物性の低下がしばしば起こるため、実用的なプロセスの構築は実際にはあまり進んでいません。こうした物性低下は、ポリマー分子鎖の酸化や切断に加えて、ミクロゲルなどの微細な架橋構造形成がかなり関与していることが、素材の流動性変化などから間接的には示唆されてきました。しかし、こうした微量架橋構造の解析は非常に困難であるため、詳細な解析はこれまでほとんど手付かずでした。そこでわれわれは、上述したポリマーの架橋構造を解析するための手法を活用して、各種ポリマー材料のリサイクリング工程で形成される架橋構造の詳細を初めて明らかにする、一連の研究を進めています。一方、一般家庭などから排出される多くのポリマー廃棄物は、様々な素材が混在している上、汚染や変性などの影響を受けていることが少なくありません。そのため、それらの再生利用に当たっては、ポリマー廃棄物を熱あるいは化学的に分解して、原料モノマーなどの有用な低分子量有機化合物に変換するケミカルリサイクリングが、最も現実的な選択肢となります。これに対して、われわれは分析化学的な観点から、各種ポリマー材料の熱及び化学分解に関する研究を長年にわたり行ってきました。そこで、こうして得てきた貴重な蓄積を活用して、実用的なリサイクリングプロセスの構築を目指した、新たな検討にも着手しています。
4. 生分解性高分子の生分解メカニズムの解
近年、地球環境保全の観点から、様々な生分解性高分子材料の開発が試みられ、その有効利用が強く望まれています。しかし、こうした生分解性高分子材料の生分解過程における試料の化学構造変化を直接解析した試みはほとんど報告されておらず、生分解の機構については未だ不明な点が数多く残されています。そこでわれわれは、生分解性高分子の生分解過程における化学構造変化を詳細に解明することを目的として、熱分解分析法やMALDI-MSなどの最先端の分析・計測機器を多角的に用いて、実際に生分解試験に供した各種の生分解性高分子材料について、局所微細構造変化の解析を行っています。これらを通じて、実用性に優れた新たな生分解性高分子材料の設計・開発に資するとともに、廃棄物の顕在化を抑制し自然環境の保全にも貢献できるものと考えています。5. 天然有機物を素材とする「伝統材料」の機能解明、ならびに文化財保存および考古学的探求などへの展開
古来より人類は、様々な天然素材を道具や材料として活用してきました。たとえば日本でも、生物起源の天然有機物として、漆、麻、あるいは木材などを利用して衣類や漆器などが作られてきました。こうしたいわゆる「伝統材料」は、長い年月をかけて経験的に少しずつ改良が加えられて結果、近代的な諸材料にはない特異な特性をしばしば有しています。そこで、その特性発現の根幹を明らかにすれば、より優れた新奇材料の設計・構築のための貴重なヒントが得られるかもしれません。和紙もこうした代表的な伝統素材であり、これを生かした材料の一つに「油団」(「ゆとん」と読みます)があります。これは、和紙を張り合わせた、「和風カーペット」とでもいうべきもので、特に日本の夏の気候に適合しています。一般に、油団の表面にはエゴマなどの植物油が塗布され、それが経時的に変化して、油団独特の表面特性や長期耐久性が発現していると考えられますが、詳細は不明確でした。そこでわれわれは、熱分解分析の手法などを応用して、油団に塗布されたエゴマ油を分子レベルで詳しく解析した結果、その経年的な化学変化を具体的に示すことに成功しました。
また、紙はもちろん書物として最もよく使われてきましたが、19~20世紀の近代になって印刷用に作成された紙は、微量に加えられている酸性添加物(硫酸アルミニウム)の影響で、僅か数十年のうちに著しく劣化・崩壊し、貴重な資料が閲覧不能になる現象が顕在化してきました(いわゆる酸性紙問題)。こうした書籍を適切に修復するためには、その劣化度合いを正しく判定することが不可欠ですが、そのために貴重な資料を破壊してしまっては元も子もありません。これに対して我々は、ごく微量の試料で測定可能な熱分解分析法の特徴を生かし、図書資料を大きく損なうことなくその劣化度を判定する、画期的な方法を開発・提案しました。この方法は、保存科学の分野でも大きな注目を集めています。
上記の酸性添加物は、インキのにじみ止めとして使われるロジン(松脂)を紙に定着させるためのものですが、ロジンに代表される樹木からの分泌物(すなわち樹脂)も、歴史的に様々な目的で利用されてきました。たとえば、主に中近東地域で産生しているニュウコウボクから採取される天然樹脂は乳香と呼ばれ、紀元前の古代エジプト時代から薫香として宗教儀礼などに使用され、交易品としても重要な地位を占めていました。したがって、古代遺跡からも当時の乳香の痕跡が発掘される可能性があります。乳香は、各種テルペン類などの複雑な成分で構成されていますが、その組成は産地や採取方法によりかなり異なっています。つまり、発掘された乳香の組成を詳しく解析することにより、その産地などを特定できれば、考古学的にきわめて重要な情報が得られることになります。ところが、オーソドックスな分析方法では、かなり多量の試料を必要とするため、貴重な出土乳香の解析を行うことはできません。そこでわれわれは、乳香の詳細な成分組成を極微量の試料で高感度に解析して、産地識別等を可能にする新しい分析方法の開発に取り組んでいます。