合成高分子の電気泳動分析法に関する研究

i. 合成高分子の液体クロマトグラフィーによる分析

 合成高分子は、衣料品、日用雑貨、家電製品、自動車などの身の回りの製品に多数用いられている日常生活に不可欠な材料です。 現在では、医療や宇宙などの先端科学技術で用いられる材料まで広範囲にわたって開発が進んでおり、高分子材料の高度化に伴い、 高分子材料分析の高度化が求められています。高分子材料の分析には赤外分光法(IR)、核磁気共鳴(NMR)法、あるいはX線解析(XRD)法 などの分光学的な手法や、各種クロマトグラフィー、熱分析や熱分解分析法、質量分析法(MS)など様々な分析が用いられています。
 当研究室では、液体クロマトグラフィー(HPLC)に関連する研究を行っていますが、溶媒に溶ける合成高分子に関しては、液体クロマトグラフィーを基盤とした合成高分子の分析手法が汎用されています。サイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography, SEC)による分子量および分子量分布の測定は、HPLCによる合成高分子分析のもっとも有名な手法です。このほかにも臨界条件液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography at Critical Condition, LCCC)やグラジエント溶離を用いる手法など、合成高分子をHPLC分離に基づいて分析する様々な手法が存在します。

ii. 生体高分子の分析:液体クロマトグラフィー&電気泳動

 HPLCは合成高分子だけではなく、DNAやタンパク質の分析にも用いられています。これらの生体高分子については、HPLCとは異なる分離分析手法である電気泳動をもちいた分析も汎用されています。DNAやタンパク質のゲル電気泳動は極めて基礎的な分析手法ですし、キャピラリー電気泳動法による生体高分子の分析に関してはとてつもない数の論文が報告されています。
 しかしながら、合成高分子の電気泳動分析に関する報告例は、生体高分子と比べると極めて少ないです。さらにその報告例は「水溶性高分子」や「電荷を有する高分子」がほとんどです。我々の身の回りにある高分子であるポリスチレンやポリメタクリル酸メチルなどの、一般的な合成高分子については、我々の知る限り僅か1例の報告があるだけでした[1]。

iii. 非水溶性の合成高分子の電気泳動分析

 なぜ一般的な合成高分子の電気泳動分析は行われていないのでしょうか?それは二つの理由が考えられます。一つは、電気泳動分析は一般的に水溶性成分を対象としていますが、合成高分子の多くは非水溶性であること、そしてもう一つは非水溶性合成高分子の多くは電荷をもたないことです。ですので、合成高分子と電位泳動分析の相性は良くないといえます。
 しかし、HPLCと電気泳動分析は分離機構が異なるため、(1)電気泳動分析ではHPLCでは得ることが難しい情報を比較的簡便に得ることができる可能性があります。また、(2)電気泳動分析で必要な溶媒量はHPLCと比較すると極めて少ないという特徴があります。合成高分子の中には特殊で高価な有機溶媒にしか解けない種類のものも多数存在します。電気泳動分析を行うことで、HPLCよりも低コストでの分析が可能になると考えています。さらに(3)電気泳動分析装置はHPLCと比較して単純であるため並列化が容易であるという特徴もあります。これらのことから、合成高分子の電気泳動分析を実用的に行うことができるようになれば、合成高分子分析の時間的・金銭的コストを大きく削減できるのではないかと考えました。

iv. 界面活性剤を用いる非水系電気泳動

 では、どのようにして合成高分子の電気泳動分析を実現するのでしょうか?合成高分子は非水溶性であるという問題は、泳動媒体を水系から非水系溶媒(有機溶媒)に変更すれば解決できます。次に電荷をもたない合成高分子の電気泳動を行う方法ですが、タンパク質の代表的電気泳動分析手法であるドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(Sodium Dodecyl Sulfate-Polyacrylamide Gel Electrophoresis, SDS-PAGE)やミセル導電クロマトグラフィー(Micellar Electrokinetic Chromatography, MEKC)と類似の方法を用いることにしました。SDS-PAGEやMKECは試料成分に対してイオン性の界面活性剤を作用させ、電気泳動挙動をコントロールしている手法です。電荷をもたない合成高分子に対しても非水溶媒中でイオン性界面活性剤が相互作用すれば電気泳動するのではないかと考えたのです。

v. 合成高分子の非水系キャピラリーゾーン電気泳動 [2]

 まず我々はどのような有機溶媒を用いればよいのかを考えました。分析対象の合成高分子としては、ポリスチレン(PS)・ポリブタジエン(PBD)・ポリカーボネイト(PC)・ポリメタクリル酸メチル(PMMA)を用いることとし、これらを溶かすことができる有機溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)を採用しました。また、界面活性剤には陽イオン性界面活性剤である塩化セチルトリメチルアンモニウム(CTAC)を用いることとしました。しかしCTACはTHFに溶解しないため、CTACの良溶媒であるエタノールをTHFに添加し、更に合成高分子とCTACの相互作用を調整するためにアセトニトリルを加えた混合有機溶媒を泳動媒体として用いました。
 電気泳動分析はいろいろな手法(分離モード)が存在しますが、今回我々は自由溶液中での電気泳動を行う非水系キャピラリーゾーン電気泳動(Nonaqueous Capillary Zone Electrophoresis, NACZE)での分析を試みました。分析条件を種々検討したところ、PS・PBD・PC・PMMAの種類別分離を行うことに成功したのです。すなわち合成高分子の電気泳動分析が可能であることを示すことに成功したのです。
 合成高分子は同じ合成高分子であっても分子量の違う成分が存在します(例えば分子量5,000のPSや分子量200,000のPSが存在します)。分子量の異なる同じ種類の合成高分子の電気泳動を行った際の挙動は、我々が予測していた通り、分子量依存性はありませんでした。自由溶液中の電気泳動では高分子の単位長さあたりに相互作用する界面活性剤の数が一定となるため、分子量と電荷の比がほぼ一定になり、電気泳動速度がほぼ等しくなります。これによりNACZEでの合成高分子分析においては、分子量に依存しない、高分子の種類のみに依存した分離が可能になるのです。
 また、スチレンとメタクリル酸メチルの共重合体の分析を行ったところ、NACZEを用いれば二つのモノマーの組成比に依存した分離分析が可能であることを確認することができました。測定に用いた共重合体は分子量分布が比較的大きなものでしたが、共重合体組成のみに依存した分離となることが確認できました。

vi. 合成高分子のNACZE分析に関する基礎検討 [3]

 陽イオン性界面活性剤であるCTACを用いるNACZEにおいて、合成高分子の種類別分離を行うことに成功しましたが、その他の界面活性剤を用いた際に分離はできるのでしょうか?その際の分離選択制はどうなるのでしょうか?さらに、泳動溶液の組成は分離選択性にどのような影響を与えるのでしょうか?合成高分子の電気泳動分析を実用化する際には、これらの基礎的な検討を欠かすことができません。そこで我々ばCTACを含む二種類の陽イオン性界面活性剤と、SDSを含む6種の界面活性剤を用いて、先行研究で分離することに成功している、PS・PBD・PC・PMMAのNACZE分離に関する検討を行いました。その結果、CATCに加えて臭化ジメチルジオクタデシルアンモニウム(DMDOAB)とSDSではこれらの成分の分離が可能でしたが、他の5種については、非水系溶媒に対する溶解度・分離の安定性・分離性能など理由は異なりますが、分離を行うことができませんでした。
 CTAC・DMDOAB・SDSを用い、泳動溶液の組成を変えて分離挙動の検討を行ったところ、PS・PBD・PMMAに関しては疎水性(疎溶媒性)相互作用が主として働き、その違いにより分離が行われていることが明らかになりました。一方、PCについては、陽イオン界面活性剤であるCTACとDMDOABにおける泳動挙動と、陰イオン性界面活性剤であるSDS使用時の泳動挙動に大きな違いがあったことから、界面活性剤の電荷が分離選択性に影響を与えていることが予測できます。

vii. 合成高分子のイオン液体を用いるNACZE分析 [4]

 v.で述べているように、我々のNACZEによる合成高分子分析ではTHFを母体とした、3種の溶媒を混合した複雑な組成の電気泳動媒体を用いています。しかしながら、3種混合溶媒で分離条件の検討・最適化を行うことは非常に複雑であり、時間がかかります。我々が3種混合系を用いている理由の一つはTHFに対してイオン性界面活性剤が溶解しないため、その溶解度を増大させるための溶媒を混合していることにあります。つまり、THF(および混合する別種の有機溶媒)に対して溶解度が高く、また、有機溶媒中で合成高分子と相互作用することができるイオン種があれば、泳動媒体の組成を単純化することができます。これは、分析条件決定を容易にするだけではなく、溶媒中での相互作用について基礎検討を行う際にも、単純な系で考えることができるため、大きな利点となります。
 イオン液体は通常の塩より融点がかなり低い物質であり、非有機溶媒と有機溶媒の両方に高い溶解性を持つことからNACEの添加剤に用いられています。我々は疎水性の高いカチオン種を含むイオン液体である塩化トリヘキシルテトラデシルホスフォニウム(P66614)を用いて、PS・PBD・PC・PMMAのNACZE分析に関する検討を行いました。P66614はTHF・メタノール・アセトニトリルの各種有機溶媒に対して500 mM以上の高い溶解度を持っています。P66614を用いたNACZEでは、100% THFの系では分離を行うことはできませんでしたが、THF/メタノール・THF/アセトニトリルの二種混合系において4種の合成高分子の分離を行うことに成功しました。すなわち、THFを含めた有機溶媒に対して高い溶解度を持つイオン種を用いることで、最適化の容易な単純な系でNACZE分析ができることを示すことに成功しました。
 分離挙動にも検討を行ったところ、合成高分子のNACZE分離では、疎水性の高い、もしくは嵩高いカチオン種を用いることが有利であることが示されるとともに、アセトニトリル・メタノールの添加によりPCの分離選択性が変化していることが明らかになりました。


 現在当研究室では、合成高分子のNACZE分析法の実用化を目指してさらなる研究を遂行するとともに、分子量に依存した分析を簡便に行うための、非水系スラブゲル電気泳動法に関する研究も行っています。

参考文献
[1] Li, G.; Zhou, X.; Wang, Y.; Krull, I. S.; Mistry, K.; Grinberg, N.; Cortes, H. J. Liq. Chromaogr. Relat. Technol. 2004, 27, 939-964.
[2] Yamamura, T.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. J. Chromatogr. A 2015, 1393, 122-127.
[3] Fukai, N.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. Electrophoresis 2017, 38, 1724-1729.
[4] Fukai, N.; Kitagawa, S.; Ohtani, H. Chromatography 2017, in press (10.15583/jpchrom.2017.008).

謝辞
この研究の一部はJSPS科研費 15K13723の助成を受けて行われています。